名古屋高等裁判所 平成7年(ネ)503号 判決 1996年3月26日
控訴人(附帯被控訴人)(一審被告)
国
右代表者法務大臣
長尾立子
右指定代理人
泉良治
(他一〇名)
被控訴人(附帯控訴人)(一審原告)
樋口耕一
被控訴人(附帯控訴人)(一審原告)
井口正美
被控訴人(附帯控訴人)(一審原告)
舘仁
右三名訴訟代理人弁護士
松葉謙三
(他五二名)
主文
一 本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の、附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴について
1 控訴人(附帯被控訴人。以下「控訴人」という。)
(一) 原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。
(二) 被控訴人らの請求を棄却する。
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
(四) 仮執行免脱宣言
2 被控訴人ら(附帯控訴人ら。以下「被控訴人ら」という。)
本件控訴を棄却する。
二 附帯控訴について
1 被控訴人ら
(一) 原判決を次のとおり変更する。
(二) 控訴人は、被控訴人らに対し、それぞれ金一二〇万円及びこれに対する平成三年九月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。
2 控訴人
本件附帯控訴をいずれも棄却する。
第二事案の概要
以下のように付加するほか、原判決「事実及び理由」欄第二に記載のとおりであるから、これを引用する。
(当審における控訴人の主張)
一 郵政省では、利用者である国民の負託に応えるために、昭和六一年一一月、事業の活性化に向けて郵政事業活性化計画を策定し、四日市北局においても、管理者らを中心に職場の活性化に向けて懸命な取組みを行っていたにもかかわらず、被控訴人らは、その所属する郵政産業労働組合の方針にのっとり、管理者らの取組みに一切理解を示すことなく、ことさら反発ないし誹謗・中傷する対応をとり続けてきた。なお、被控訴人らは、河合課長の前任者である渡邊紀之が昭和六三年六月に着任した当時から、管理者らに反発する姿勢を示しており、この素行こそ問題であった。
四日市北局管理者らの言動は、この取組みの一環として諸施策を推進する中で被控訴人らの右言動に対して是々非々の厳正な対応を基本として行われたものであるから、本件を判断するに当たっては、この点を十分考慮すべきである。
確かに、本件にみられる管理者らの言動は、日常交わされる会話と比較すると穏当でない面が少なくないが、これは右に述べた常日頃の被控訴人らの言動に起因する、いわば「売り言葉」に対する「買い言葉」としての対応という要素が強いものであるから、この点を違法性の評価の前提として考慮するならば、被控訴人らの請求は理由がないものというべきである。原判決は、被控訴人らのこの言動との相関関係を全く無視し、もっぱら管理者らの言動が相当であったか否かに重きを置いて違法性を判断しているのであって、その判断は一面的に過ぎる。
二 ビラ配布関係について
被控訴人らは、郵政事業の信用失墜を招く内容のビラを配布することが多く、庁舎敷地内に入り込みあるいは官服でビラ配布をするなど、違反行為を敢行し管理者らを挑発しながら行ったもので、これに対し管理者らが被控訴人らに注意・指導をしたのであるが、被控訴人らは、さらに、無言、無視、あるいは反発する態度をとり、管理者らを挑発したのである。この結果、管理者らと被控訴人らとの間で、双方の口調が厳しいものとなることもあったが、それらは、いずれも被控訴人らの言動に起因して発生した場合が多く、管理者らの一方的な行為によるものではない。
したがって、本件における管理者らの言動は、被控訴人らの挑発行為に起因するところが多く、その点を正当に評価すべきである。
三 給与振込み関係について
管理者らの被控訴人らに対する給与振込み加入の勧奨は、事業経営上当然の要請であり、たとえ被控訴人らが給与振込みを利用しないとの意思表示をしていたとしても、郵政省の自社商品である給与振込みの利用を促進したいと考える管理者としては、被控訴人らに事業の使命やその置かれた立場を理解してもらい、事業に協力してもらおうとして、利用できない理由を聞き、その障害を解決する方法を考え、被控訴人らに利用を勧奨しようとするのは当然であり、何ら非難を受けることではない。被控訴人らは、こうした管理者らに対し、「給振りはできん。」、「現金でもらう。」等と発言するのみで、給与振込みを利用しない理由を聞かれても一切言わず、管理者らを無視し、挑発する態度をとっていたもので、これに対し管理者らが穏当でない、行き過ぎた言動を行ったとしても、管理者らのみが一方的に非難されるべきものではない。
また、被控訴人らには、管理者らのこうした言動の中、全く精神的苦痛を受けている様子は見られず、それどころか、さらに管理者らの感情を逆撫でし、あるいは挑発する態度をとっているのである。
四 国際ボランティア貯金関係について
ボランティア貯金は、郵政省の重要な施策であることから、管理者らは、その普及促進に努力しており、被控訴人らに郵政省職員としての理解を求めて勧奨したものであるが、被控訴人らは、これに応じることなく、また、加入しない理由を尋ねても一切答えず、それどころか管理者らを無視し、侮辱する態度をとっていたものである。したがって、管理者らが、被控訴人らのこうした挑発を受けて穏当でない言動を行ったとしても、管理者らのみが非難されるべきではない。
また、被控訴人らには、管理者らのこうした言動の中、精神的苦痛を受けている様子は全くなかった。
五 挨拶関係について
被控訴人舘は、挨拶について以前から同様の注意を受けていたもので、他の職員が挨拶をする中、同人のみこのような常識を逸脱した反抗的で、無言の挑発とも言える態度をとっていたことから、管理者が声を荒げる結果となったものである。表現として厳しく、穏当でない内容があったとはいえ、被控訴人舘の態度にも原因があったのであって、管理者の言動のみを非難することは不当である。
なお、被控訴人舘が常軌を逸した態度をとり続け、これを改めようとしなかったことからすれば、同人が苦痛を感じていたことはあり得ない。
(当審における被控訴人らの主張―主として控訴人の主張に対する反論)
一 控訴人の主張一について
本件では、口論の最中の一方の言動が問題となっているわけではない。本件において管理者らは、ほとんど無抵抗の被控訴人らに対して、一方的に威圧的・侮辱的・挑発的な言葉を浴びせかけているのである。どこにも「売り言葉」に対する「買い言葉」という状況はなく、控訴人の主張は失当である。
また、控訴人は常日頃の被控訴人らの言動を問題としているが、被控訴人らが常日頃どのような言動をとっていたとしても、本件で明らかにされたような管理者らの卑劣で低俗かつ侮辱的な言動を執拗に繰り返し繰り返し浴びせかける行為が許されるはずがない。
二 同二について
「管理者らの激しい口調」は、被控訴人らの組合活動に向けられたものであり、控訴人の主張は論理のすり替えである。被控訴人らは、組合の方針や自己の意見についてビラを通じて職員に理解を求め、また当局に対しても労働条件の改善のために言うべきことを忌憚なく伝えるために団体交渉を要求しただけのことであり、被控訴人らの組合活動には何ら非難されるところはない。
三 同三について
給与振込制度を利用するかどうかは労働者の全くの自由意思によるものであり、これを拒否するについて特別に理由を付する必要はない。被控訴人らの給与振込みの拒否あるいは不告知を反抗的、挑発的と評価するのは誤った評価である。控訴人の主張は、郵政省が重要であると認識すれば、労働者がそれに反対・拒否することは許されず、従わない以上は管理者に何をされても仕方がないというに等しい。
四 同四について
控訴人が、被控訴人らの「挑発」とか「反発」として述べようとする事実は、被控訴人らが管理者らの挑発に乗らないために、どんなひどい侮辱にも耐えて沈黙していた行為を指しているに過ぎない。また、ボランティア貯金をするかどうかは、あくまで労働者の自由意思によるものであり、それをしない理由を述べないことをもって、反抗的、挑発的であると評価するのは不当である。
五 同五について
河合課長らは、常に被控訴人舘に目を付け、嫌がらせを行っていたとしか考えられない。そして、その中で管理者らが述べている言葉は、被控訴人舘に退職や降格を強要し、また同人の人格をひどく傷つけるなど、挨拶をしないということに対する対応としては、あまりにも均衡を欠いた常軌を逸したものである。
六 被控訴人らの損害について(附帯控訴の理由)
本件で被控訴人らが被った精神的苦痛は、多数の管理者(業務遂行上、上下の関係があり、反論することが事実上不可能な関係にある。)によって、多数回、繰り返し加えられた罵詈雑言や退職の強要であり、その期間は二年余りに及び、被害の期間、程度は極めて大きいといわなければならない。
したがって、その損害は一〇〇万円を下らない。
第三証拠関係
本件記録中の原審及び当審における証拠に関する目録の記載を引用する。
第四争点に対する判断
当裁判所も、被控訴人らの控訴人に対する請求は、それぞれ原判決が認容した限度で理由があるが、その他は理由がないものと判断する。その理由は、以下のように加除、訂正するほか、原判決の理由説示(原判決「事実及び理由」欄第三。ただし、原判決七七頁五行目を除く。)と同一であるから、これを引用する。
一 原判決四三頁六、七行目「などと言い向け、河合課長が原告舘の体を押すなどしたことが認められる」を「などと言ったことが認められる」に改め、同四五頁九行目「「(原告舘が」から同一〇、一一行目「計算できるやないか。」」まで及び同四七頁初行「「(ビラの内容が)郵政省の信用失墜だ。」」を削り、同四八頁七行目「一時的に」から同一〇行目「認められず」までを「局の管理する橋など公道に近い部分に一時的に足を踏み入れる程度であったことが認められ、これが形の上で庁舎管理規程に違反する行為であるとしても、軽微な違反行為と評価され、そのために郵便局の秩序維持に支障をきたすような事態が生じたものとは認められず」に改め、同四九頁四行目「主張するが」から同七行目「理由がない」までを「主張する。前掲各証拠によれば、管理者らはかねて被控訴人らが配布するビラは、事実と反し、事実を歪曲・誇張した郵便事業の信用失墜を招くものが多く、これらは就業規則等に違反すると判断していたことから、被控訴人らが現に配布しているビラを見せるよう求めたものであったことが認められるが、被控訴人らのビラ配布行為は、勤務時間外に庁舎外で組合活動の一環として行われ、組合としての主張には当然ある程度の評価的な主張が含まれざるを得ないから、一見明白に就業規則等に違反すると認められる特段の事情がある場合を除いては、管理者としてそのビラを配布者に見せるよう強制することはできないし、これを禁止することもできないといわなければならない。本件においては、そのような特段の事情が存在することを認めることはできないから、不当なビラの配布に対する注意・指導という観点から管理者らの行為が違法性を阻却するものということはできない。」に改める。
二 同五〇頁一、二行目「ビラ配布」を「被控訴人らによるビラ配布」に改め、同四行目「理由がない。」の下に「また、控訴人が指摘する平成二年一〇月一八日に配布されたビラ(<証拠略>)の内容が年末の高校生のアルバイト募集に悪影響を与えるものであったともにわかに認められない。」を加え、同五一頁二行目「しかし」から同七行目「言えない」までを「そして、(証拠略)によれば、郵政事業特別会計規程(一〇条二項)により、職員は官服を勤務外に着用して私事を弁じてはならないとされているから、勤務時間外に庁舎外でビラを配布する際に官服を着用した場合には、右規程違反に該当するものと認められる。したがって、これに対し管理者らが注意・指導を行うこと自体は当然のことであるが、そのことから直ちに不相当な態様での注意・指導の違法性が阻却されるということはできず、結局、本件のビラ配布が勤務時間に接着した時間帯に行われていることをもさらに参酌すれば、管理者らの本件の各行為は、管理者らが官服の着用に対して注意・指導する必要があったという点を考慮しても、なお相当性の範囲を逸脱したものとの評価を免れない。」に改める。
三 同五一頁八行目「被告は」から同五二頁二、三行目「理由がない。」までを次のように改める。
「控訴人は、被控訴人らは従来から管理者らの注意・指導に反発し、無視する態度をとり続けてきており、さらに本件のビラ配布中にも管理者らに暴言を吐き、あるいはことさら無視するなどして挑発した結果、管理者らが指導・注意するに当たり多少穏当でない言動に至ったものであるから、そのような相関関係の中で管理者らの言動を評価すれば、その言動は違法性を欠くと主張する。
しかして、(証拠・人証略)によれば、被控訴人らは、遅くとも本件より前の昭和六三年ころから勤務態度等について管理者らからしばしば注意や指導を受けていたが、これに直ちに従わないことが多く、管理者らは被控訴人らが反抗的、挑発的で一層の指導が必要であると判断していたこと、本件の各ビラ配布の際にも、被控訴人らの対応には反抗的、挑発的と評する余地があり、一方では管理者らの言動も、被控訴人らの対応に触発された面があることが認められる。
しかるところ、このような従来の被控訴人らの勤務態度等は、管理者らが本件各言動をするに至った背景事情ないし動機として斟酌するのが相当であるが、管理者らの本件の各言動の内容、程度に照らすと、この点は管理者らの各言動の違法性を阻却するまでの事情とは解されない。また、本件の各ビラ配布の際の被控訴人らの対応に反抗的、挑発的と評しうる点があることについても、管理者らが、被控訴人らの不当な言動については処分権を背景にしてこれを禁圧する態勢で、本件の不当な各言動に及んでいるという点を割り引いて考えるのが公平である。しかるときは、その際のそうした点を割り引いた上での被控訴人らの対応と、一方では管理者らの言動が被控訴人らの対応に触発された面があることを考慮しても、なお管理者らの前記各言動は不当なものといわざるを得ない。」
四 同五三頁七行目「すぐに処分する。」及び同六〇頁末行「河合課長と」を削り、同六一頁三行目「さらに、」の下に「途中からその場に来た」を加え、同三、四行目「その際原告樋口が口笛を吹いたわけでもないのに」を「その際の被控訴人樋口の行動から、同人が口笛を吹いたと判断し」に改め、同六行目「て嫌がらせをし」を削り、同六二頁八、九行目「説明しようとせず」の下に、「、管理職の勧奨を無視しあるいはこれに反抗していると評し得る面があり(この点については、前記1の(三)(6)に説示したとおり、当時のその際の管理者らの対応を割り引いて評価するのが相当である。)」を加える。
五 同六四頁一〇行目「河合課長及び」を削り、同行「会議室」を「図書室」に改め、同末行「同人が、」の下に「二日前」を加え、同六八頁末行「合理的な説明をしなかった」を「合理的な説明をせず、同人らの対応が管理職の勧奨を無視しあるいはこれに反抗していると評し得る面がある(なお、この点の評価については1の(三)(6)参照。)」に改める。
六 同七四頁四行目「そこで検討するに」から同六行目「受けるところであるとしても」までを「そこで検討するに、前掲各証拠によれば、被控訴人舘が、同人に対する河合課長の挨拶を無視し、あるいは挨拶を返さなかったことから、河合課長の言動がなされたものと認められ、被控訴人舘の右態度は管理者から注意・指導を受けるべき行為であるといえる。しかし」に改める。
七 同七六頁四行目「主とする」を「中心とする」に、同末行「いわざるを得ない。」の次に改行の上「なお、控訴人は被控訴人らが管理者らの反発的な言辞を予測して行動していたものであるから、これらにより精神的苦痛を受けたことはあり得ないと主張するが、被控訴人らが前記認定の管理者らの各行為をさせるのを当初から目的として管理者らを挑発したような場合であれば格別、本件がそのような場合であると認めることはできないから、前記一に認定した管理者らの各行為に被控訴人らの各原審供述を併せれば、被控訴人らは右各行為により精神的苦痛を被ったと認めることができる。」を加え、同七七頁初行「前記認定の事実その他本件に現れた一切の事情を考慮すると」を「前記一1ないし4の各(一)に認定した事実並びに管理者らの言動がなされるに至った経緯、被害の期間、従来からの被控訴人らの勤務態度に対する管理職らの注意・指導の状況等一切の事情を総合考慮すると」に改める。
第五むすび
よって、原判決は相当であり、本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用及び附帯控訴費用の負担について、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 水野祐一 裁判官 熊田士朗 裁判官 岩田好二)